障害とアート研究会 第7回:2009年6月25日(木)

「『ダンスと見えないこと』をめぐって」

話題提供者:五島智子(Dance&People代表)
会場:應典院(大阪市)
主催:財団法人たんぽぽの家
共催:アートミーツケア学会、エイブル・アート・ジャパン、應典院寺町倶楽部


話題提供者は、Dance & People代表の五島智子さん。白虎社で活動された後、さまざまな職を経てDance &Peopleを設立。多様な身体が出会い、やり取りするダンスの環境づくりに取り組んでいます。また、ヘルパーとしても、月30時間程度働いています。
今回は、Dance &Peopleが行っている多様なプロジェクトのなかから、近年意欲的に取り組んできた視覚障害のある人とのダンス活動に焦点をあて、「『ダンスと見えないこと』をめぐって」と題し、お話いただきました。

まず最初に、参加者にアイマスクが配られました。「自由に動いてみてください」という言葉に参加者は、椅子から立ち上がるも、アイマスクをつけたとたんに、歩く方向にむかって手を前に出すようになったり、そろそろと足を出すようになったり。10分ほどの時間でしたが、いつもとは異なる身体の使い方、動きを自覚されたようでした。

さて、話は「視覚障害のある人とのダンス活動」をはじめることになった経緯から。そもそものきっかけは、2004年に日本ライトハウス・ジョイフルセンターの、主に中途失明をした人のリハビリプログラム「ダンス&ミュージック」の担当職員がDance & Peopleのメンバーだったこと。そこでのワークショップ(WS)開催を経て、エイブルアート・オンステージ第一期活動支援プログラムに応募、採択され、継続してWS・公演を行うことになったそうです。
約5ヵ月支援期間中、計約40回のWSを重ね、2005年3月に「見えるひと・見えにくいひと」を上演しました。さらに、その公演では新しい試み-公演前の視覚に障害のある観客向けWSやダンスの実況中継(上演中、副音声ガイダンス)-もいくつかなされ、参加者、観客ともに大きな反響をよびました。

さらにその後、「いろいろなカラダの出会いとやり取りの中で、自分の表現を形にし、どうやったら人に伝えられるかを工夫すること」を目的とした「しでかすカラダ」という連続WSを開催。その経験を経て、参加者のなかに「教えてもらう」から「自分でつくる」への意識の変化があったそうです。そこから、「ソロ」という次なる段階へ進むことになりました。2007年4月に京都の永運院で行われた公演を映像を交え、ご紹介いただきましたが、舞台上の「ひとりのカラダ」が与える、強烈なインパクトを感じました。

さらに活動を続けるなかで、WSのナビゲーターをしていたダンサーがフランス公演に招待されたことから、2008年12月、フランスツアーを行うことになったそうです。ダンスグループ「花嵐」」(二イユミコ・古川遠・伴戸千雅子)と、視覚に障害のある森川万葉さんがともにパリへ渡り、現地のNPO Acajouとパフォーマンス、WSの交換を行った様子をご報告いただきました。

さまざまな参加者、さまざまなカラダと出会うなかで、何ができるか、と活動を展開してきた五島さん。しかし、継続した活動を行うにあたり、新たな問題も生まれてきているそうです。意欲的だった参加メンバーが急逝されたこと。参加費やモチベーションに関わる問題。家族の問題。ほかにも色々な要因から、どのような段階においても、活動の継続は常に困難を伴うということを指摘されました。

前半の発表が終わり、参加者皆でディスカッションを行いました。

参加者からは、「WSや公演の目的は?」「観客の反応にはどのようなものがあるのか」などといった質問がでました。

目的に関しては、「ダンスをする、ということは、それだけで意味がある」という答え。「何かを治すこと」を目的にはしていないそうです。

WSのなかで、日常生活のなかで規範により規制されている身体に気づき、解放していく。(もちろん、それを公演として「みせる」ときにはまた別のことが求められるとのことです)そして、活動に参加するなかで「参加者自身が目的をつくっていくことが大切。それが、可能性の開拓につながる」と話されていたのが印象的でした。観客の反応に関しては、惹きつけられる人もいれば、戸惑う人もいるとのこと。しかし、「戸惑う」ということを必ずしも否定的に捉えるべきではないように思います。「全然わからないカラダ」に直面すること、その経験しだいが、重要なのではないでしょうか。わからないものに出会うことから、コミュニケーションは創造されていくように思うのです。

また、五島さんが提起されていた「活動を続けるためにはどうしたらよいのか」という問題。これは、五島さんの活動だけの問題ではないと思います。数値で測ることができない、ダンスをはじめとしたアート活動が社会において成り立つような仕組みづくりを、その社会の一員である、私たちひとりひとりの問題として考えることが、現在、求められているのではないでしょうか。

井尻貴子(「障害とアート研究会」コーディネーター、大阪大学大学院文学研究科 臨床哲学 博士前期課程)