障害とアート研究会 第1回:2008年4月21日(月)

「障害をもつ人々の「芸術/アート」はいかに語りうるのか
  ―施設における創作・活動の現場から」

話題提供者:中谷和人(京都大学大学院人間・環境学研究科文化人類学分野博士後期課程)
会場:應典院(大阪市)
主催:財団法人たんぽぽの家
共催:アートミーツケア学会、エイブル・アート・ジャパン、應典院寺町倶楽部


第一回目の話題提供者は京都大学大学院で文化人類学を専攻されている中谷和人さん。『障害をもつ人びとの「芸術/アート」はいかに語りうるのか―施設における創作・活動の現場から』と題し、「アトリエ・インカーブ」と「たんぽぽの家」という、関西のふたつの「アート」を主体とする福祉施設で、それぞれ2ヶ月以上のフィールドワークを行ない、執筆した修士論文の内容を中心にお話いただきました。

もともとアウトサイダー・アートやアール・ブリュットが好きで展覧会に行ったり、本でみたりしてた一方で、ほかの語り口はないのか、という思いを抱き、今回フィールドワークを行ったという話題発表者。「アート」を語るという地平になると、捨て去られるものがある、という問題意識は、たんぽぽの家のメンバーの一人の「薬の殻を集める」という行為やそこから生まれる関係性への着目につながったようです。「彼女に薬の殻をあげる瞬間は、(アートにまつわる)言説は関係ない。今回、自分が論文を書くにあたって、そういう瞬間と同じ気持ちで書きたいと思った」という言葉が印象的でした。また、その意識は「非対称な権力関係も、同時にそれを変容させていく可能性も、かかわりあいの地平においてこそ潜在し、また実際に発現する」という主張からもうかがえました。
前半の発表が終わり、後半は発表を聞きに来ていたそれぞれの施設のスタッフも参加し、皆での意見交換。

「なぜ、アトリエ・インカーブとたんぽぽの家だったのか」「二つの施設を訪れてみての違いは」との質問に対し「偶然の要素が大きい。二つの施設は、もちろん、まったくおなじではない。たんぽぽの家はグループホームがあるということが大きい。通所で、一定の時間だけをみるということと、生活もふくめた全部をみる、ということで、どちらがいい悪いではなく、スタッフの身構えが違うと感じた」とのこと。

また「市場という言葉が何度かでてきた。流通のなかにおさまるのではない、表現や活動をどう考えるのか」という問いには「日常的な現場では、スタッフを中心として、障害のある方の家族・友人など、いわゆるアート畑ではない人がいる。彼らは(アートとしての価値を)わかってないと言われることがある。たとえば、薬の殻を集める行為がわからないことが一種の無知のように語られる側面がでてくる。けれど、僕は、そうかな、と思う。インカーブでも、たとえば、クライアントが作品を庭などに置く行為を評価するスタッフは、いったんアートを経由してそれをみるというより、自分と彼の距離感のなかで、面白がっているように思える。『ともに遊びを共有している』そういう側面に、すごく感激した」と言葉を選びつつ、真摯に答えてくださいました。

ほかにも「消費だけではない経済との関わり方があるのではないか」「作品とアートは違うのではないか」など、いろいろな視点からの質問が出ました。特に「市場」という言葉に対しては、
「売ったというだけで、市場に回収されてしまうわけではない。もうすこし複雑なことがおきている。例えば、購入し、学校の授業での教材に使う。希望があれば、いつでも貸す、といった約束をし、売ってもらうことがある。これは市場的な売買ではない。これから、いろいろな売り買いの仕方がでてくるのではないか。具体的に、アーティストと購入する人が、どのような場で売り買いをし、それがどのような場につながってゆくのか、まで考えると、いろいろな可能性があると思う」
「現代アートでも、無名のアーティストの作品だけをコレクションしている人がいる。これは投資ではない。経済行為を通じて、システムに対し異義を申し立てるといった行為に思える。21世紀、イニシアチブをとるのは市民なのではないか。どんなものにも経済はついてまわる。市民の時代の芸術が、これまでの経済のあり方をもかきかえようとしているのではないか。コミュニティビジネスなども、この時代に並行するように浮上してきたというのは、経済そのものをもう一度見つめ直してみよう、ということではないか。ものを買ったから、売ったから、ではなく、その奥行きになにがあるのか。芸術作品を買うという経済活動を動かしている新しい関係や力学に、どのような魅力があるのかに関心がある」
という意見が出されました。

また、施設のスタッフと、そこで制作する障害をもった人との関係について、協働するということについても話されました。会場からも「関わりの哲学」という言葉がでましたが、まさに「関わり」について考えさせられる時間となり、分野や職種を横断し、さまざまな人と考える場を持ちたいという研究会の趣旨にかなった場となったように思いました。

「制度とのつながりばかりを注視しがちな人類学のアート論」に新たな思考の可能性を提示する、という中谷さんの発表は先駆的なものであった半面、人類学とつながりのない参加者からは難しいという声もきこえました。さまざまな人がともに考える場として、今後の課題としたいと思います。

井尻貴子(「障害とアート研究会」コーディネーター、大阪大学大学院文学研究科 臨床哲学 博士前期課程)