障害とアート研究会 第8回:2009年7月6日(月)

「障害者の芸術表現による自立とその支援に関する研究」

話題提供者:川井田祥子(大阪市立大学都市研究プラザ/同大学院創造都市研究科博士後期課程)
会場:應典院(大阪市)
主催:財団法人たんぽぽの家
共催:アートミーツケア学会、エイブル・アート・ジャパン、應典院寺町倶楽部


話題提供者は、大阪市立大学都市研究プラザ特任講師の川井田祥子さん。
これまで、芸術表現による人々のエンパワメントに興味をもち、NPOでアートイベントの企画運営を行ってきました。今回は、「障害のある人の芸術表現による自立とその支援について」と題し、執筆された論文をもとにお話いただきました。

川井田さんは、わたぼうし大阪コンサート(財団法人たんぽぽの家・わたぼうし大阪コンサート実行委員会主催)にボランティアとして参加、自身の価値観を揺さぶられる経験をしたことから、障害のある人が主体的に芸術表現をすることが、セルフエスティーム(自己肯定感)には不可欠なのではないかと考えるようになったとのこと。今回の論文では、障害のある人の自立における芸術表現の重要性を明らかにするという目的のもと、関西の2つの福祉施設(「たんぽぽの家」と「アトリエインカーブ」)の実践をもとに、障害のある人のセルフエスティームの高まりとQOLのつながりについて論じています。

まず、福祉国家の機能不全を指摘することから、話ははじまりました。グローバリゼーションの進展と産業構造の急激な転換がもたらした現状を改善するためにも「ニーズ決定型の福祉国家」から「ニーズ表出型のソーシャル・ガバナンス」へ移行すべきなのではないかとのことでした。

続いて「社会的包摂」や「ケイパビリティ」「セルフエスティーム」といった、鍵となる用語や概念について確認しました。また、「自立」について、2000年の社会福祉基礎構造改革が契機となり、政府の提唱する「自立支援」が「=就労支援」、つまり人々を就労へ促すこととなっていると指摘されました。それに対し、川井田さんは「就労がそのまま貧困を解消することにはなっておらず、当事者の精神面でのケアも含めた制度設計が必要ではないか」という問題意識をもっているそうです。

そして話は「たんぽぽの家」、「アトリエインカーブ」という2施設の実践へ。簡単に、発足からのあゆみを振り返ったあと、「たんぽぽの家」の「トヨタ・エイブルアート・フォーラムの実施体制」と「エイタリブルアート・カンパニーの事業の仕組み」について、「アトリエインカーブ」の「ダブル・アシストによる『アート・パトロネージ』の仕組みづくり」について紹介、検討されました。

そしてそれらの事例をもとに川井田さんが作成された「障害のある人のセルフエスティームの高まりの概念図」が紹介されました。図では、その人の「固有価値」が、支援により、「有効価値(有用性+芸術性)」へとなる。そのことと並行し、アート市場での評価が高まる。また「共感による人間関係」や「芸術表現への欲求」ももたらされる、ということが表されています。わたぼうしコンサートを例にあげますと、「固有価値」は「詩をかく」こと。それを「たんぽぽの家」が支援することにより、その詩が「有効価値となる=享受能力をもった人々に受け入れられて固有価値が顕在化し、有効価値となる」とは、「コンサートでみんな(ほかの参加者や観客)に受け入れられる」こと。そしてそのことがセルフエスティームの高まり、表現活動への欲求の高まりなどをもたらすのです。ここで重要なのは、多様なアクターによる支援だと川井田さんは指摘します。

また、「ボランタリー・セクター(非営利組織)」と「国家、政府」、「企業(市場経済)」の三者が連携するなかで、ボランタリ-・セクターを担うような福祉施設が増えることにより、ニーズ表出型のソーシャル・ガバナンスとなり、障害のある人にとっても、生きやすい社会になるのではないかと主張されていました。

前半の発表が終わり、後半は参加者皆でディスカッションを行いました。

参加者からは「芸術活動を施設で行う過程で、工房化がおこることがあるのではないか」という指摘がありました。このことは、「福祉施設で芸術活動を支援すること」に関する問題や、「何をアートと称するのか」という本質的な問題と関わっていると思います。このことに関連し、参加者のひとりは、障害のある人であってもなくても、その創造物が何からも影響を受けていないということはありえない、教育、生活、いろいろなことにより変化する。ただ、障害のある人の場合、何かしたいと思ったときに、障壁となることが多い。それに対し、支援することは必要だと考えている、と発言されました。

また、「作品を売る」「商品化する」ということに関して、「芸術活動を仕事にすること自体が間違っているのではないか」という疑問も投げかけられました。アート市場で「作品を売る」ことを念頭におく以上、人気がある作品を作り続けることが求められる。そのことが、その人の表現を拘束することになるのではないか、という問題意識からの発言でした。
それに対し、また別の参加者から、障害のある人であっても、なくても、「買ってくれる人がいる、売れる」「人気がでる」、つまり「認められる」ことは、その創造のモチベーションとなる。そのことを否定すべきではない、という意見が出されました。
確かに、作品が売れる/売れないということが、その人に大きな影響を与えることもあるでしょう。でも、それはむしろ当たり前のこと。そのような状況を回避することなのではなく、そのような状況が生まれたときに、どのようにその人をサポートするかが、むしろ問われるべきことなのではないでしょうか。

「誰もが創造性を発揮できる社会」を目指したいという川井田さん。お話を伺って、芸術表現が、セルフエスティームをもたらし、QOLを向上させることを実感するのは、障害がある人もない人も同じであるように思いました。

井尻貴子(「障害とアート研究会」コーディネーター、大阪大学大学院文学研究科 臨床哲学 博士前期課程)