2011年11月10日(木)19:00~
連続トークセッション「臨床するアート 2011」第3回を開催しました。
今回のゲストは、NPO法人せたがやプレーパーク理事の天野秀昭さん。
日本ではじめて、プレーパークのプレーリーダーを職業とされた方です。
プレーパーク(冒険遊び場)は、こどもが「やってみたい」と思うことを自分の手で実現できる環境を保証しようと作られた遊び場です。イギリスでの取り組みをもとに、日本で最初の「冒険遊び場」ができたのは、1975年。高度経済成長の時代でした。時代の変化に伴い、遊び場がどんどんなくなっていく東京の街。こどもの挑戦する気持ち、冒険する気持ちを満たせるようにとつくられた「遊び場」は、こどもたちの支持をうけ、場所や運営主体を変えながらも、今日まで続いてきました。
天野さんは、1980年、羽根木プレーパークの初のプレーリーダーになりました。
プレーリーダーは、「こどもの横に立って、一緒に歩いていく」存在といいます。
「こどもの「やってみたい」に歩調をあわせながらも、大人の知恵や技術をところどころで伝授していく。そんな大人の関わりによって、こどもの遊びにハリと奥行きが出てくる」という天野さんは教育に対し、遊育という考えを提唱しています。
教育は教える側が主体であるのに対し、優育は自分(=こども)主体。自分で育とうとする作業。やりたい/やりたくないという主導権がこどもにあるのです。
天野さんが現在力を入れて取り組んでいる活動のひとつに、気仙沼での遊び場づくりがあります。
「こどもの遊びは、魂の叫び」。その子の経験や思いなどが全部出てくるといいます。
阪神大震災被災地での遊び場の活動経験から、今回も早い段階から被災地にはいりました。
こどもは自分自身を癒す力を持っている。遊びのなかで自分を癒すということをこどもは日常的にやっている。被災した直後はなおさらそれが必要。その力を発揮する場としての「遊び場」づくりだということ。
その子の「やりたい」世界は、この世でひとつしかない。だからこそ、それを大切に、その「やりたい」が尊重される場を一緒につくっていく。
そんなプレーパークの取り組みは、子どもたちにとって、まさに生きる力を得る場所になっているようです。
最後にみた、気仙沼の遊び場でこどもたちが「虹」という歌をうたう姿が、なによりもそのことを物語っていました。
NPO法人せたがやプレーパークのHPはこちらです。
http://www.playpark.jp/toppage.html
*臨床するアート 次回は11月18日(金)「『時間』と『空間』を届けるアートワークショップ」と題し、中津川浩章さんにお話しいただきます。参加申込受付中です!
(報告:井尻貴子)