伊藤 愛子(パフォーマー)×佐久間 新(舞踊家)
ジャワ舞踊家である佐久間と伊藤との出会いは2004年に遡る。インドネシアの楽器、ガムランを通した障害のある人たちとの舞台「さあトーマス」である。そのなかでも佐久間は参加者の一人だった伊藤の全身を使った表現に惹かれ、1対1のアートリンクというフィールドでのコラボレーションが実現した。当初はお互いの家庭を往復しながら、生活のリズムを実感し、関係を深めていった。なにげない会話やしぐさから無限の表現が生まれ、観客を巻き込む。以来、二人のつくる新しいダンスは各地で公演を重ね、表現の可能性を追求している。
伊藤 愛子(いとう あいこ)
1980年生まれ、奈良県在住。2000 年よりたんぽぽの家で活動をはじめる。まわりでおこるできごとをこころでとらえ、身体をとおして表現があふれでる。楽しいことがおこるとからだ全体で踊りだし、つらいことがおこるとほんとうに悲しそうに泣きだしてしまう。持ち前の好奇心から、書、語り、手織りなど、活動は多岐にわたるが、求める表現にたいしてはすべて真剣である。ガムランプロジェクトへの参加をきっかけに、パフォーマーとしての表現の可能性をひろげている。
佐久間 新(さくま しん)
1988年、ガムランを始める。ジョグジャカルタの舞踊家ベン・スハルト氏に出会い、ジャワ舞踊を志す。1995年から4年間、インドネシア芸術大学に留学し、王宮など数多くの舞台に出演する。帰国後は、古典作品以外にも、野村誠、三輪眞弘、鈴木昭男らの音楽のためのダンスを発表する。04年から、たんぽぽの家(障害者授産施設)と共同して、作品を発表している。障害を持つパフォーマーである伊藤愛子とは、長時間に及ぶ即興パーフォマンスや映像作品を発表している。05年には野外で即興するI-Picnicを結成し、インドネシア、日本、オーストリア、ハンガリーで即興を行い、DVDを制作している。09年からは大阪ピクニック・プロジェクトを開始し、一般の参加者とともに、街とからだの関わりの中に、ダンスや表現の新しい可能性を追求している。07、09年にコントラステ音楽祭(オーストリア)、08年にマルガサリ桃太郎公演ツアー(インドネシア)、ソロエスニック音楽祭(インドネシア)、大垣ビエンナーレ(岐阜)に出演する。09年10月には中之島国際音楽祭で、音とダンスの境界を探る作品「SANZUI」を発表している。
あたらしいダンスの誕生
佐久間 新
2004年秋、大阪府豊能郡の山里にあるガムランのスタジオスペース天ではじめて愛ちゃんと出会った。お互いに戸惑いながらも、なんだか波長の合う予感がした。僕が口の下に手を添えて、ふうっと風を送ると、彼女も同じ格好で、ふうっと風を送り返してくれた。二人の間に穏やかな空気が漂っていて、それをお互いになぜることができるようだった。その日の日記には、しゃべるように踊る女の子と出会った、と書いてある。2005年に上演した「さあトーマス」に向けての練習が始まった時のことである。
大阪の築港赤レンガ倉庫で行われた「さあトーマス」の初演の時、出演者も観客も何が起こるか分からない混乱とカオスの中で、愛ちゃんが不意に背後から僕のかぶっていた赤い帽子をスポッと抜き取った。不安やらホコリやらが舞い上がる中、一瞬、二人だけのダンスシーンが現れた。その後、「さあトーマス」は、大阪、東京、徳島、滋賀、奈良で7回の公演が行われた。公演を重ねる内に、愛ちゃんと二人でじっくり踊りたい、という気持ちが膨らんでいった。そんな折りに、たんぽぽの家の岡部太郎さんから、今回の企画に出ないかと誘われた。
話が決まった後、映像担当の山田千愛さんも一緒に、奈良公園へお弁当を持ってピクニックに行ったり、伊藤家へおじゃまして、そうめんをごちそうになったりした。そして、ようやく二人のダンスワークを開始した。ダンスワークは、特に取り決めをせず、僕と愛ちゃんの気の向くままにダンスをすることにしたが、いつも大体50分から1時間くらい途切れることなく続いた。
ダンスワークの2回目の時に、山田さんがスクリーンを使うことを提案してくれた。3回目以降は、スクリーンを張り、そこへ光を投射する前で、ダンスした。その次の回は、二人の影の映像がスクリーンに投影され、その前でダンスした。そして、その次の回は、二人の僕と二人の愛ちゃんの影がスクリーンに投影され、その前でダンスした。普段でも、鏡ではなく、影を見ながら踊るのは、自分でも他人でもない何者かと踊るようで好きだったが、過去の影と踊るのは不思議な感じだった。
僕たちのダンスワークは、気持ちをリラックスさせて、周りの人や物、音、風、光、影などをしっかりと感じて、身体のおもむくままに動くことを大切にしている。このおもむくままに動く、というのが意外に、というか実に難しい。木が風にそよぐように、クラゲが海に漂うように、鯉が悠然と池の中を回遊するように、白鷺が杉の梢で佇むように、馬が鼻に風を受けて走り出すように、靄が谷にたちこめるように、月が山の端から上り始めるように、そんな風に動けたらどんなにいいだろう。
たんぽぽの家へやってくると、愛ちゃんが僕を発見して、走ってやってくる。満面の笑みで、気持ちが迫ってくる。この感じがすごくいいのだ。気持ちが先行して、それに手や足が付いてくる感じ。ビデオカメラの前で、コーヒーを飲んで下さいと言われれば、多く人はコーヒーカップにどうやって手を伸ばそうか、戸惑うだろう。自然に振る舞えないし、コーヒーを飲みたいという気持ちも湧いてこないだろう。でも、本当に喉がカラカラに渇いていれば、水滴の付いた冷たい麦茶のグラスに誰でも自然に手が伸びるだろう。自分の中に湧き上がる感情に耳をすまし、わずかに動きはじめるからだをそっと後押しする、そんな風に動けたらどんなにいいだろう。
最初の出会い以来、口の下に手を添えて風を送るダンスは、愛ちゃんと僕のあいさつのようになっていたが、ダンスワークが進む内に、愛ちゃんはあたらしいダンスが作りたい、と言い出した。二人で、ふうっ、ふうっ、ふうっとたくさんの風を吹き出して、その風をいっぱい漂わせよう。漂う風を震わせて、少しずつ揺すって波にして、それをかき混ぜて大きな渦を作ろう。大きな渦を作ったら、周りのみんなを巻き込むようなもっと大きな渦を作ろう。愛ちゃんの気持ちが飛んでいって世界を満たせば、どんなにいいだろう。
即興のダンスを踊る時、僕は周りの環境や他者の動きを鋭敏に感知し、次の展開をめまぐるしく考える。
没入する
そこから抜け出し、上から俯瞰する
緊張をひらりとかわす
他者と共振し、大きな渦を作る
渦をスパッと断ち切る
そんな自由自在な存在になれれば、最高だろう。
ろうきんグッドマネープロジェクト エイブル・アート近畿2007
<ひと・アート・まち京都>でのアートリンクプロジェクトによせて
伊藤 愛子(パフォーマー)×佐久間 新(舞踊家)